全部、君だった
・・・62.不安を拭い去る温かい手
※キョーコ嬢も敦賀氏も今回出ておりません。










楠田さんの低い声が頭の中に響き渡る。この人はきっとなにかを感じ取っているんだろう
だからこの人は苦手なんだ・・・・全てを見透かしたようなあの瞳が
脳裏に浮かぶのは、彼に無理やり抱かれたあの日、何も映していないような暗い瞳と
何の感情も無く、ただ欲望だけを満たすだけの行為









(イヤッ・・・・やめてっ・・・あぁっ!!)
(うるさい・・・うるさい!!)






あの時の恐怖を思い出すと震えが止まらない
忘れようとしたのに、だけど身体はまだ覚えていて――――・・・
私は肩を抱くように腕を組んだ






ポン ポン、頭に優しく触れる大きな手
見上げれば楠田さんが、申し訳なさそうに、だけど優しい笑顔を浮かべてくれた







「ごめんな・・・・俺、なんか嫌なことを思い出させたみたいだ。」
「ちがっ・・・・楠田さんは悪くありません」
「だが・・・」
「大丈夫ですから・・・お願いします」



そう、この人は悪くない。だからそんなに悲しそうな表情をしないで
あなたには、いつもの自信に溢れた表情が似合うんだから



「・・・分かった、もう謝らないよ。でも、何か辛いことがあったなら
溜め込まずに誰でもいいから言うんだ。もちろん、妙な縁ではあるがこうして
知り合った訳だから俺にでもいいからさ、もう・・・・・・キョーコの時みたいにはしたくないんだ」




「あ・・・・っ」


彼女は自分を傷つけ、一度は死にまで追いやった憎い筈の私に優しく声をかけて、微笑んでくれた
その心は、きっと今でも傷ついているはずなのに
楠田さんだってきっとつらかったはずなのに・・・・・





「ごめんなさいっ、ごめんなさい・・・・・ごめっ」





頬を伝う涙が床に染みる きっと私の顔はぐしゃぐしゃだ
でも言わずにはいられなくて、何度も何度も言い続けて・・・・
だから気付くのが遅れたの。自分が今どこにいるのか、誰の腕の中にいるのか



「I'm not a prince any more than you are a princess.」


「え?」


「君がお姫様でないように、僕も王子様じゃない ってことだ。
だけど、君のことを心配はするよ。俺が怒ってたのは君にじゃない、蓮だからな。」





そう言うと、何か面白いことでも思いついたのか
彼は悪戯を思いついた子供のように笑ってこんなことを言い出した





「リハビリだと思ってさ、俺と恋人ごっこでもしようか?」







ありえない展開に何も言えない私と
なにが楽しいのニコニコしている楠田さん




「俺、こう見えても結構彼女には尽くすからお勧めだよ?」



そう言って楠田さんの唇が私のそれに重なる
これから、どうなるのかしら?