全部、君だった
・・・59.胸が痛くて切なくて、この気持ちになんと名前をつけたら良いのだろう








あの日から蓮とは逢うことも話すこともなくなった。



ううん・・・・違う。
私がただ、怖がっているだけで 故意に避けているだけで
蓮からの電話もメールも全て無視して



今、きっと彼の声を聞いたらきっと私はまた彼に縋るんだと思う。
隣りにずっといたいと そう願ってしまう。
彼を思うと、たまらなく胸が痛くて切なくて、この気持ちになんと名前をつけたら良いのだろう



















今日は久しぶりにスタジオ収録がある。
余計なことを考えないように、あの日の翌日マネージャーに入れられるだけのスケジュールを
全て埋めてもらった。これでいい――――――――――現実逃避が出来る。
でも予定よりだいぶ早く着いてしまい、それまでどうしようかと考えていると
前方から見知った顔が歩いてくるのが分かる。
相変わらず嫌味なぐらい無駄が無い。おまけに歩いているだけなのにカッコいいなんて。
それなのに当の本人は芸能人でもなんでもないのだから。










相手も私の視線に気づいたらしい。
以前見せられた意地の悪い笑い方とは違う柔らかい笑いを浮かべてこちらにやってきた。
そういえば今日は彼の隣りに彼女が居ない。そのことに少し安堵した。








「今日は何の仕事だい?綾織さん」


間近で見ると改めて感じてしまう。洗練された大人の男性。
きっとこの人が着れば安い服でも全然違うものに見えてしまうかもしれない。
こんな芸能人でも中々居ないようなカッコいいマネージャーが隣りにいても
存在感がある彼女は、京子さんはやっぱり凄い人ね・・・・・




「私は特番のスタジオ収録があって・・・」
「ああ、うちのブリッジ・ロックの「やっぱきまぐれロック」か。」
「はい。以前ゲストで呼んで貰ったので・・・。あと、不破さんも出る見たいですけど」





不破尚。うちの事務所の稼ぎ頭といってもいい人物。
そして、私の苦手な人物でもあるんだけど・・・・・・。





「へぇ・・・・あいつも出るんだ。じゃあ、今日の収録は賑やかになりそうだ。」









「なぁ」











「キョーコ?」
























その声と、楠田さんの視線に沿うように後ろを振り返るとそこには、京子さんがいた。
なんで、どうして?ううん、それよりさっきの楠田さんの言葉












(じゃあ、今日の収録は賑やかになりそうだ。)
















「お久しぶりね、綾織さん。私も急遽出る事になったの。先輩達にはお世話になってるから
断れないものね。今日はよろしくお願いしますね。」










そういえば聞いたことがあった。
今でこそ女優さんとして一線で活躍している彼女だが,そんな彼女にももちろん下積み時代が
あった訳で、そのころに彼女がこの番組で鶏の着ぐるみを被っていたと。
















ああ、どうなるのかしら私。
きっと収録が終わったころには疲れ果ててるんだわ きっと。