全部、君だった
・・・55.愛しい君の声すら雑音になっていく現実に打ちひしがれるだけで





ひさびさの新開監督からの誘いから出演を決めた。
最近、どうも演技に身が入っていない空っぽの俺を監督なら叱咤してくれるだろうと
他人まかせな・・・・情けないことを思いながら。








何度目かの撮影。もう中盤まで差し掛かったある日のことだった。
それまで共に演じてきたヒロイン役の女優が突然の病により降板することに。
急なことにスタッフたちは慌て、それまで撮影したものは全て白紙に戻るわけで。
しかしただ一人...新開監督だけが冷静に何事もなかったかのように居た。
俺はただ、監督はその不安を出さないようにしているのだろう・・・・
そう思っていた。1週間後の撮影に入るまでは。











「彼女に綾乃役を演じてもらうことになった。」








監督に連れ立って現れた人影。
それは・・・・・・・・・・・・・・・・彼女だった。







いま最も注目されている芸能界屈指実力派の女優。
そう言われるまでになった彼女の才能、そして眩い程の光は
今の俺には痛いほどで、俺は彼女を直視することが出来ずにいた。




けれど先ほどからずっと感じる視線。それはきっと彼女の、京子のもの。
その視線だけで、俺はその場から遠ざかりたい気持ちで一杯だった。
ああ、俺はどれだけ臆病な男になってしまったんだ。
自分の不甲斐なさを恨み、彼女の才能に嫉妬した。







「敦賀さん。これからお願いします。お互いベストを尽くしましょう。」







いつのまにか俺の目の前に立ち、悠然と手を差し出してくる彼女のその声が、




愛しい君の声すら雑音になっていく現実に打ちひしがれるだけで






「・・・・ああ」








俺は彼女の手を握ることさえ出来ずにいた――――――――――――――――――。