全部、君だった
・・・50.そんなに嘘ばかりついていたら、彼自身が偽りの存在になってしまうのに







あの人の姿を見かけたのはただの偶然。
相変わらず待たせることが当たり前になっている楠田さんを
私もまた我慢強く待っている訳で、そんな時に偶然彼を見かけたのだけれど―――――。









「・・・・ったの?」








あなたは・・・・・本当に変わってしまったの?
もう戻れないところまで来てしまったというの?





あれほど、俳優という仕事に誇りを持って挑んでいたあの彼が。
どんな役にも真摯に努めてきたあなたが。
その為なら自分の睡眠時間すら平気で削られるあなたが。






かって私は尚に復讐することだけを考えて芸能界へと入ってきた。
夢を抱くこともなく。そう、ただ復讐することだけを考えて。
そんな私を諌めてくれたのが彼であり、そして女優という夢を抱かせるきっかけを与えてくれたのも彼だった。
私にとって彼は目標であり、頼れる先輩であり、そして・・・・大切な存在で。






澄んだ瞳は、今はどこか遠くを見ているような。
演じるあなたの姿は、あの頃と違った、ただ役を演じているだけの中身のない空っぽ。
もう歩けない、演じられない、と立ち止まって、其処に一体何があるというの。
私の知るあなただったら、きっと今のあなたを見て怒るでしょうね。
思えば、日本へと帰ってきた時の彼の様子に前兆のようなものを感じてはいたというのに。
だけど、あの時既にあなたの隣りには奈津子さんが存在していた。
だから・・・・あの日遠まわしにメッセージを送ることしか思いつかなくて。








「敦賀蓮も落ちたものね」








勘のいいあなたなら通じると思って、そして彼女に遠慮して身を引いて。
それが私の誤算。本当は、彼女に遠慮などせず自分の気持ちを抑えてでも
彼の背中を押さなくてはいけなかったのかもしれない。
だって、それぐらいしか思いつかないもの。
愛しているあなたの役に立つこと。あなたを捨てた私の唯一出来た・・・・償い。



あなたの隣りにもう戻ることは出来ないから、
せめて私の憧れたあなたのままでいてほしかった。
分かってる。これは私の我儘でしかないことぐらい。



だけど・・・・・・あなたに気づいてほしい。
そんなに自分に嘘ばかりついていたら、彼自身が偽りの存在になってしまうということを