全部、君だった
・・・57.全てが終わったと言うのなら、どうして貴方は目を背けるの










―嘘を吐くというのならそれを本当にしてみせて、あなたならそれくらい出来るでしょう?―



そう言った彼女は、何の感情も感じられないほど冷めた瞳で
呆然と立ち尽くす俺を見つめていた。
そして、小さく息を吐き、俺にしか聞こえない程の小さな声で呟いた。





「今のあなたには・・・・何も感じない」





その言葉で俺はハッと意識を戻したと同時に酷く奈落の底にでも突き落とされたような
孤独を感じ、そしてさっきの彼女の瞳を思い出し震えているような感覚を覚えた。
・・・いや違う。俺は確かに震えている。今だって手が小刻みに震えて―――――。
あんなに冷たい瞳を見たのは初めてだ。
普段、人に対して温かい瞳を向けている彼女とは全然別人だった。
俺に対しての怒り、憎しみ、悲しみ。そのどれも感じられない。
その瞳や、表情。全てが人形のように整いすぎて・・・・・・・・・怖かった。
































あれから、なんとか撮影を終わらせたが、その間の記憶なんてまるでない。
あるのはただ、彼女の言葉と表情だけで、社さんが帰り際何かを言っていたけど
それさえも頭には入ってこなかった。
明日のスケジュールを伝えられていたのか、それとも案外勘の鋭いあの人だから
何か勘付かれていたのか。
とにかく感覚だけで自分の部屋へと戻り、ベッドへとたどり着いて腰を下ろした。








どうでもいい。






今は何も考えられない。
何故、こんなに俺は・・・・・・・・・・彼女を怖がっている?
分からない。
分からないことだらけだ。






俺は―――――――・・・









「蓮?おかえりなさい。どうしたの?」


静かな空間。自分の意識の中へと落ちそうになったその時
聞き慣れた声が現実に引き戻した。
そういえば、鍵も開いていたような気がする。





「奈津子・・・。今日はどうした?」


「え?忘れたの?先週電話したじゃないのよ。泊まりに行くって」






そういえば、そんな約束もしていたかもしれないな。
けれど、今はそんな気にもなれなかった。



「悪いが・・「帰らないわよっ。私帰らないからっ」」




「奈津子が居ると邪魔なんだっ!!」






彼女の言葉に彼女は悪くもないのに苛立って俺は言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
俺の言葉に彼女は、大きな瞳をより一層大きくしてショックを受けているようだった。
八つ当たりのような暴言。だが、このときの俺には余裕なんてものも、ましてや冷静さも失っていて


「早く俺の前から消えろっ。頼むからっ」

「なんで?なんでそんなこと言うのよ?今日の蓮おかしいわ・・・・」




おかしいことなんて自分でも分かっている。
ああ、本当にどうしたんだ俺は。



「全てが終わったのかもしれないな・・・・」




俺という存在価値も。
彼女にとっての存在価値も。






「・・・・・何を言ってるの・・・・?蓮、しっかりしてよっ!!
全てが終わったと言うのなら、どうして貴方は目を背けるの?
また最初から始めればいいじゃないっ!誰にでも間違いはあるのよ?」




「・・・・さい、うるさいっ!お前に何が分かるんだっ」




そのあとはめちゃくちゃだった。
奈津子を無理やり押し倒して、泣いている奈津子を無視して
乱暴に抱いていた、ただ己の欲望のままに。
彼女の白い肌に自分の印を誇示するように付けて。







情事のあと、頭に響いた言葉は








今のあなたには・・・・何も感じない








それだった。







ああ、本当だな。


今の俺には何も感じられない。