全部、君だった
・・・44.幸せのうちに目を瞑る
世の中の仕組みなんて何も知らず、ただ大好きだった尚の背中を追いかけていたあの頃。
あの頃の私の生活は全て、尚の為に存在していた。
だから将来の夢もただ、単純に「尚ちゃんのお嫁さん」だった。それが当たり前になっていた。
そんな私がまさか、芸能人。しかも、女優になるなんて、一体誰が想像しただろう。
本人でさえ想像していなかった。自分は、普通にOLなんてものをしているだろうと思っていたのに。
けれど、そのきっかけになる出来事を与えたのも、やはり「尚ちゃん」だった。




全ては尚の為に。生活の中心が尚だった私は、
彼の裏切りが許せず彼の居る芸能界という世界に入った。
復讐する為に入った芸能界。けれどそこが、いつの間にか私の存在理由になっていた。
あの人と出逢えたのも、動機が不純だったけれどこの世界に入ったおかげ。
今でも目を瞑れば浮かんでくる幸せだった日々。けれど・・・・・彼を苦しめたのは女優の私。
もし私が芸能界に入らずにいたなら、彼を苦しめることなんてなかった。
だから私は、私の存在を無にしたかったのに。












「・・・んか、あなたなんかいなければよかったのにっ!!!」










今も耳を離れない彼女の声。
そうね。私がいなければ・・・・・・そう思った。
だから今度こそ姿を消そうと思ったのに。





でも、そんな私を助けたのは、またも「尚」だった。
一度は憎く思った彼。それなのに、いつも私を助けてくれているのは尚なのだ。





「ねぇ、尚。もう一度、子供の頃に戻れたならやり直せるのかな・・・?」







そう呟いた私の手を繋ぐ手に少しだけ力が入る。






それは照れ屋な尚が言葉の変わりに表した、精一杯の返事のようだった。