全部、君だった
・・・39.泣く事だけが、哀しみの表現の方法なわけじゃない
あの日から、3度目の夏がやってきた。
俺は、相変わらず忙しい毎日を過ごしている。





「ちょっと尚・・・朝ご飯また食べないで行く気?」
「ああ・・もう時間がねぇんだよ」
「もぅ・・・ならもっと早く起きればいいのよ・・」


毎朝繰り出される同じ会話。
けれど、そんな会話さえ居心地のいいもので



「朝から怒るなって・・・」

「怒ってないわよ。私は当たり前のことを言ってるの・・だいたい」

「だぁ〜〜っ分かった。分かった。俺が悪かったです。」

「分かればよろしい。いってらっしゃい・・尚。」

「行って来る。芹」





いってらっしゃい・・・という声を背に受けながら俺は少しだけ笑みを浮かべて歩き始める。
誰かに見送られるというのは、平凡ながらも幸せだと感じられることなんだ
そう思えるようになったのはいつからだったか。俺が芹と呼んだ女。俺は彼女と3年前から同居をはじめた。
そのことをマスコミはもちろん事務所にさえ知らせてはいない。
だが、そのこと以上に知られてはいけない秘密が俺たちにはある。
そう・・・このことは誰にも知られてはいけない。
芹が偽名だということ。そして彼女の本当の名前が「京子」だということ。




あいつにはまだ時間が必要だ。あいつのあんな姿を見たくないから。
だから俺はあいつを守ると決めたんだ。