全部、君だった
・・・35.わたしはあなたのようになれなかったから
二度目に逢った彼女は今にも砕けてしまいそうなガラス細工のようだった。








「キョーコ、綾織さんがお話があるそうだ。」

楠田さんのその声に、窓の外を見つめていた視線がこちらへと向けられる。
その表情は、少しだけ苦しげだったけれど、彼女はすぐに笑顔を私へと向けた。
瞳に悲しみを宿したままで。


「病室にまでお邪魔してしまってすみません。」

私は、自分の行動に少しだけ後悔をしていた。
こんなところまで押し掛けて、自分はこの人に何を言おうとしているのだろう。
けれど、目の前に居る彼女は、そんな私の心情を見透かしたかのように
首を横に振ると、私を近くまで呼び寄せた。




「気にしないで・・・・・。あなたが私を訪ねてきたのは・・・・彼のことででしょう?」
「・・・はい」

そう、と呟くと彼女は視線をまた窓へと向けた。彼女の視線の先には、何が見えているのだろう。
何を思っているのだろう。私には、想像すら出来なかった。


「そうね・・・何から話せばいいのかしら。4年という時間は、私を置いて変化してしまった・・・彼の気持ちも。
あの頃の私と彼には境界線なんてなかった・・・いいえ、違うわ。あったのかもしれない。
けれどそんなもの関係なかった。気にすることなんでなかったの。そんな幸せを・・・それを崩したのは私。」



その声は少しだけ震えていたのかもしれない。でも、そのことに私も、そして私と京子さんの様子を
見守っていた楠田さんも何も言うことはなかった。

「京子さん。あなたは知らないでしょうね。彼の心には今も貴女がいることを。
でも・・・それでも私は、蓮が好きです。彼の為なら全てを失っても構わない。」




それは私の本心。たとえ、その先に後悔が訪れても私は構わない。
彼の隣に、「私」が居られるなら。

キョーコさんは私のその言葉に寂しげに呟いた


「私も、綾織さん、あなたのように思っていたのよ。彼をただ純粋に愛していた。
公私共にお互いを求め合える関係。それは最高の関係だと思うわ。
でも、それでも演じることの楽しさ、演技に対する執着。そんな感情を覚えた
私には演技を捨てることが怖くなってしまった。名声なんていらない。地位なんていらない。
でも、演技だけは捨てれなかった。だから彼の願いを気付かないふりをしたの。
あなたのように・・・・ただ純粋に彼だけを想っている。
それが出来なくなった。・・・・・・・・・わたしはあなたのようにはなれなかった」