全部、君だった
・・・28.白の空間
閉ざされていた扉が静かに開かれ、眼鏡をかけた細身の医師が出てくる。
その医師は、宝田達の姿を見つけると看護師達に、麻酔で今だ眠ったままのキョ―コを
病室に運ぶよう指示すると自分だけその場に残った。
「京子さんの命に別状はありません。マネージャーさんの発見が早かったおかげでしょう。」
その場に居た人間の誰もがその言葉に笑みを浮かべる。
しかし、その笑みはすぐに消えていったが・・・・


「・・・・ですが彼女はどうやら精神的に追い詰められているようです。
皆さんご存知ですか?彼女の手首に残る小さな躊躇い傷を。」
「躊躇い・・・傷ですか?京子の手首に?」
医師の言葉をそのまま呟いた楠田の表情に驚きと気付けなかったことへの悔しさが混じる。
「小さなものです。しかし、ごく最近の新しめの傷だということが分かります。
彼女の活躍はよく知っています。その彼女に何があったのかは・・・あえてここでは聞かないことにします。
だが、これだけは言える。今の彼女には時間と平穏がなにより必要でしょう。
彼女には外傷よりも・・・心の治療が必要です。」








医師のその言葉は、鋭く蓮の胸に突き刺さった。




あの日、・・・そう4年前のあの日から。蓮は、自分の偽りの言葉を後悔しながらも、
キョ―コへの想いをけして誰にも打ち明けることはしなかった。
いや出来なかったのだ。それは、キョ―コを目の前にしても同じだった。
自身の弱さから逃げるように言い寄ってくる女をすべて抱いていった。
気持ちのない、情事を何度も結んだのだ。
二人が戻るにはあまりにも時間は流れすぎ、変わりすぎてしまっていた。
そして何より、今、蓮の脳裏に浮かんだのは、キョ―コが居なくなってから支えてくれた
一人の少女。その出逢いはけして綺麗なものではなかったけれど
今の蓮には彼女を裏切ることなど出来なかった。



だから、気付けなかった。あの日のキョ―コを言葉に意味を。











さよなら・・・蓮















「すまない・・・・・キョ―コ」





今の彼にはその言葉しか浮かばなかった。