全部、君だった
・・・14.私が好きだと言ってもあなたはただ曖昧に笑うだけなのでしょう



楠田に話を聞く為に、二日ぶりに蓮のマンションへと訪れた奈津子は
まだ、社や楠田が来ていない事を玄関で確かめリビングへと足を進める。


そこには普段とはまったく違う雰囲気を醸し出した蓮が静かに座っていた。
奈津子はその隣りに座り、自分の手を蓮の頬に添え自分の方へと向かせると
まっすぐ瞳を見つめ言った。



「・・・・あなたにとって京子さんはどんな存在?」



二日前のあの日、突然知らされた彼の過去の一部。
あれから、奈津子から見ても蓮の様子はおかしい。
ただ付き合っていた・・・昔の彼女という、そんな簡単なものでは
ないように思えるのだ奈津子には。


付き合っていた女の1人や2人彼も立派な男だ。
いて当然なわけで、現に今だって彼には自分以外に関係をもっている女はいる。
そのことに関して、奈津子が問いただしたこともないし蓮が悪びれたような態度を
とったこともない。



それなのに---------『京子』という名前にはひどく蓮は動揺する。







「蓮・・・れ・・・」


「・・・・・・・・・・たった一人の愛しい女性だった。」






黙ったままの蓮に痺れを切らした奈津子が呼びかけると
それを遮るように掠れた声で蓮はそう答えた。



その瞳は、今もなお彼女を忘れてはいないのだろう
奈津子が見た事がないほど穏やかで・・・そして寂しげなものだった。





「俺は・・・・・・女優として輝きを増していくキョ-コを見ているのが怖くなった。
だから、彼女が演技を磨くために外国行きを決めた時別れを告げたんだ・・・・。」



それから蓮は、少し懐かしそうに微笑みながら静かに語り始めた。



最初の頃は、お互い嫌いあっていたことも。


それでも、気が付けばお互いの存在が気になっていたことも。


そして、お互いを想い合うようになったことも。





「奈津子・・・・俺は、いつかキョ-コが自分の腕の中から飛んでいってしまう
そう思っていたんだ--------だから、待ってるなんて言えなかった。自信がなかったんだ。
自分の気持ちに。彼女の俺に対する気持ちに。」



今まで自分が見てきた蓮は、いつもマイペースで意地悪でろくでもない男だった。
だけど、今自分の目の前にいる男はどうだろう。





「蓮・・・私が居る。私が居るから・・・・」
「奈津子・・・・」
「大丈夫だから・・・・」






この臆病な、弱い人を支えてあげたい。
守ってあげたい。








今、心からそう思えた。







そして、来訪者の訪れを知らすインターホンの音が静かな室内へと響き渡った。